先日、しちふくさんがピコ太郎さんの津軽弁のラップを紹介していましたね。
それが「WA DO ANBE」というタイトルで
わ、ど、あんべ?
そう読んだ瞬間、
わたしと、行こう?
と、今メインで使っている言葉に訳されて、脳に字幕が流れていました。(標準語というやつ)
一体、どこで訳してたんだろう?
帰国子女さんに聞くと、日本語スイッチと英語だったら英語スイッチに切り替わるそうなんです。
でも、それとも違うような。
何か、聞き覚えのあるような、懐かしい響き。
しかも津軽弁は私の地域の言葉とも違うのですが、共通している言葉も多くて、なんだかその文字列が自分を構成している記号のようでとても嬉しくなりました。
これと同じように、自分の魂の記憶を形成している記号に出会えたとき、私はとても嬉しくなります。
カチっと、散らばった魂の記憶のピースをはめていく感じ。
意識が開いていくというのはこういう感じなのだと思います。
私の意識を閉ざしていたものは、
癒されていなかった過去の感情
思い込み
強がり
不安
不足感(自分には何一つ備わっていないという)
様々なコンプレックス、そういったものでした。
本当に、つい最近までガチガチで(笑
そして今なお、その複合感情の中にいる途中ですが。
けれど、実はその複合感情の絡みをほどくことで、状況が一変することに気づいたのです。
それは、ある日突然、いともあっさりと(笑
何だったんだろう? あれは? あの10年は?
その10年は私にとって必要な年月だったのだろうか?
いえ、それどころか10年どころではなく、20年、30年も続いていたかもしれません。
では、どうやって状況が一変したのでしょうか?
それは
ただ、気づくだけでした。
そして宣言しただけでした。
例えば
いつも誰かのために動いていた自分に気づき、
そしてそれは、誰かの都合のよい性質を引き出し、更には助長するものだと気づき
そして助長させたのは自分でもあると気づいたこと
それに対して
自分の人生は自分のものである
(相手の人生もその人のものである】
自分の人生の主導権は自分のものである
と。
そして決意し、それを示しました。
すると、不思議なことに・・・。
すぐに状況が一変したのです。(本当にすぐにです)
ある日、いろんな神聖幾何学が整列してタペストリーのように目の前に現れました。
※イメージで作ってみました。実際の記号の詳細は覚えられませんでした。
私はそのときに、それまでのステージを終えて、次のステージに向かうのだな、と感じました。
人にはそれぞれの課題があって、それに気づいていくようになっているのでしょうか。
それに気づいていくごとに魂の記憶に近づいていく。
それは、どうして他の惑星ではなく、この地球に来たかにもつながっていきます。
魂の記憶の記号がカチっとはまるたびに、私は思い出していくのです。
それは、本当に、突然に、ごく、ごく、あっさりと。
そして、それは、あなたにもあてはまることなのです。
今、何か自分が問題だと思うことを抱えている方は、自分がどうしたいかを自分に気づかせ、その向かいたい場所を決め、意志表示をするだけです。
私も自分の経験でしか、語ることはできません。
あなたも魂の記憶のピースがカチっとしたら、それをまた誰かに経験として伝えることができますね。
面白いことに、一つのステージが進むとまた別のステージが現れます。
先日、私の次のステージの課題が通信機器がピコン! と鳴って入ってきました(笑
これがいよいよ今世における自分にとってのメイン課題であるような気がします。
誰も、どんな犠牲も払う必要のない、シリウスのサーキュラーの提唱する実現可能な世界へと。
使命感に燃えることもなく、課題に臨んでいきたいと思います。
本日もご訪問ありがとうございました!