完成しました♡
ウィリアム・モリス調の世界を油絵にしたいとひらめいてから地道に制作してきました。
この平面性の世界を油絵で表現する人がいなかったらしく、とても驚かれました。
そしてそれと同時にその個性も認めてくれて、なんて素敵な世界なんだろうと思いました。
まず「個性を認めることから入る」、そういう世界の住人がいることに心から安堵している自分がいます。
競争社会で生きていくことになんの疑問も持たずに、自分にも人にもそれが社会であり、人生であると公言し強要する人のいかに多いことか。
「変わってるね」や「そんなに社会は甘くないよ」「自己実現できてないからだ」と言われ続けて
まるで自分が出来損ないの異質者であるかのように思い続けてきました。
そうしていつの間にか自分を強制的に変えていったのだと思います。
競争社会的なその思考の歯車にいつの間にかわたし自身も加わり、「個性があると生きづらい」との考えに達し、順応型を選択してきたのだと思います。
自分の本来の魂とは違うスタイルを選択しているのですから発する言葉や行動に整合性がなくなるのは当然のことです。
自分がこの世で一番正しい。
あの人の考えはおかしい。
いつの間にかそんな考えを平気で思ったり言ったりしていた時期がありました。
そうしていたらやはり住む世界が思い描いたものからどんどんかけ離れていきました。
わたしの考えそのものの事象が現実に起きている。
そんなことを知ったのは「龍のいる」と言われる世界を知ってからでした。
小さい頃から不思議な世界に身を置いていたわたしには、「やっぱりそんな世界があるんだ」ととても嬉しく心が躍ったのです。
この心が躍るような昂る気持ち。
ああ、これをわたしは求めていたんだなぁ、と気づいたのです。
もうそこからはとんとん拍子だったような気がします。
レイキを授かるとエネルギーがわかるようになりました。
そしてさらにエネルギーの流れが見えるようにもなり・・・。
そこから宇宙は波動であり、自分の波動と人の波動が共鳴するのだと知りました。
ですので、共鳴する波動たちが身近にあるようになるのです。
それが一般的にネガティブと言われる種類の波動であっても。
そういう世界であることを知ると、もうあとは自分はどんな波動の世界でいたいかを選択するのみであることがわかるようになります。
先日も陰でちょこっと聞いたことがあったのですが、もうそんな言葉も気にならなくなるのです。
確かに聞いた時はちょっとうーーん、となるのですが、少し経てばもうその感情の場所にいることを選択しないことができるようになる。
みんな生きるのに必死で頑張ってる
そんな風に思える場所を選択しているのです。
自分にはこのスピリチュアル的なとらえかたはあっているなぁ、と思いますし、それを広めてくれた方々に心から感謝します。
本当に今はそういう宇宙のサイクルに地球が入ったのだなぁ、と思いますし、この選択できる世界を想うと心が安堵と高鳴りを覚えます。
私はわたし。
今、わたしはこの世界を選択し、そこにいることを実感しています。
個々の個性を認める世界。
わたしが安堵する世界をわたしが選択し、そこに存在する。
ありがとう。
ライオンズゲートとは?